薬やまと堂

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うめ爺とうめ子の楽しく優しい日々

相談余話

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相談余話

ある青年の航海日誌より
以前読んだ本に忘れることの出来ない、とてもよいお話がありましたので書かせてもらいます。ある冒険家の青年がヨットで世界一周をすることになり、多くの方の見送りを受け東京湾を出港しました。湾内を航行中は、波は穏やかでしたが、湾を出る頃から天気が急変して、雨、風は強くなり、ほとんど視界はゼロになり、黒潮を超える頃になると、ヨットは波にもまれ、振り落とされないようにヨットにしがみつき、嵐が過ぎるのを待っていたそうです。黒潮を超えてしばらくすると、天気も回復し、波も落ち着き、視界が開けてきたので、後ろを振り向くと、海上保安庁の巡視船がぴったりヨットの後ろについていました。そして巡視船から赤い旗、白い旗を振っているのが見えたそうです。そのメッセージは、「貴船のこれからの航行の無事をお祈りします。」というメッセージでした。青年は涙をこらえることが出来ず、一生懸命に手を振って、感謝を伝えたそうです。まもなく巡視船はヨットを離れ、見えなくなりました。そのとき青年は自分一人で世界一周をしているのではなく、多くの方の力を借りて、この旅が成り立っていることに気がつき、自分のおごりに反省したそうです。多くの見えざる手によって、支えられている自分がいるとするとやはり「おかげさまで、ありがとうございます。」という言葉しかないように思います。
子供の人格について
病を抱え生きることに精一杯の人に「頑張れ」という言葉が通用しないように、小学一年生という「人格」を与えられ、苦しんでいるA君一家のお話をします。A君は学校へ行き始めてしばらくすると腹痛を起こすようになり、保健室へ行くのが日課になっていたそうです。医療機関の検査でも異常は無く、漢方でもと思い当店へ来ました。A君にお会いするとやせ型で胃下垂タイプの子供さんです。A君一家に私の子供時代のお話をしました。「いつも朝起きるのがつらく、近所の子が迎えに来ているのを待ってもらいなんとか一緒に学校に行きました。食事もほとんどとっていないので、先生のお話も上の空です。お腹は痛い、頭も痛い、さらにお腹が緩くトイレに頻繁に行きますので、テストではいつも0点です。今思えば、小学一年生の肩書きをもらっても、中身は成長が未発達な子供だったようです。身体も精神も学校の集団で学ぶだけの力が無かったように思います。どうかA君のお父さんもお母さんもA君に「一年生にもなって」という言葉はしばらくしまっておいて、その子その子の成長を温かく見守ってください。保健室がA君の唯一のアジール(憩いの場)です。やはり保健室の先生は立派です。「胃健錠」で十分よくなると思います。成長を待つのも教育だと思います。
人格について

5月の連休を利用して、普段お会いできない高齢のお客様も息子さんやお孫さんに連れられて久々の再会になりました。遠方のお客様にも青梅まで来ていただきありがとうございます。漢方相談を窓口に長いお付き合いの中で学ぶことが多くあり、お客様一人一人が我が師として指導していただいたように思います。やはり感謝、感謝です。このような立場で指導が出来るのも肩書きがあるため、「人格」という言葉に置き換えると「格」にあたります。学校では「何々先生」、会社では「何々課長」どうしても肩書きによってお客様を理解しがちですが、実は「人」の部分こそ、その人の人間性の本質を見る場所のように思います。「人」と「格」が一致してこそ本当の人格者ですが、肩書きにおぼれて「人」の部分をおろそかにしている人が多いように思います。私もその一人かもしれません。「格」には限界がありますが、「人」には無限の可能性があります。さあ、今日から「我以外皆我が師」と思い精進したいと思います。

店主

昭和物語

4月を持って平成が終わり、新しい年号になります。昭和がますます遠くに感じますが、新世界の旅立ちを迎える方々へ「昭和の夢物語」を少し書かせていただきます。A子さんは生まれながらに身体が弱く、学校へ行くのもままならない状態でなんとか中学校を卒業し、家庭の事情もあり、家の近くの会社に事務補助係として勤めることになりました。最初の仕事は従業員の方々への「朝のお茶入れ」から始まったそうです。従業員のみなさんが出勤する一時間前に出社して全員のお茶を用意したそうです。朝仕事として出しているお茶を一人一人頭に浮かべて好みを探したそうです。それぞれの好みと特徴を理解して一人一人にいい仕事をしてもらいたいと思いを込めて、あの部長さんは少し苦くて熱いお茶、課長さんは濃いけどぬるいお茶、係長さんはお茶より熱いコーヒーが好みで、女性事務員さんは紅茶が好み、そして最後出す社長さんは実はほうじ茶が好きと言うことを全て理解し出すことになったそうです。従業員のみなさんは出社して朝飲むお茶が大変評判となりお茶を用意するA子さんはみなさんから大変感謝されたそうです。もちろん社長も気に入り、A子さんに特別な辞令が出たそうです。今ではその辞令を守って、二代目社長の奥さんとして会社を支えているそうです。みなさんが知っている今では大きな会社になっています。令和の時代になっても相手を思い個性を理解し、思いやりを持ってのぞめば大丈夫だと思います。
どうか新しい世界へ一歩踏み出してください。

店主

我以外皆我師

吉川英治記念館が今年の春をもって閉館しました。疎開のため吉野村(現青梅市柚木町)へ来て、この地で9年5ヶ月を過ごされたそうです。大作「新・平家物語」はこの期間に執筆されました。転居後は「草思堂」として一般公開され、市民の心のよりどころになっていました。ここへ来ると樹齢500~600年と推定される椎の木の下で、「我以外皆我師」という言葉が自然と出てきます。多くの苦労、苦学の末につかんだ思いが作家としての原点のようです。私も励まされた一人です。「宮本武蔵」における佐々木小次郎の剣に対する絶対的な執着と剣を捨て自然の力に任せて自然の声を聞く武蔵の精神性は、私の漢方に対する考えを変えるきっかけにもなりました。自らが限界とあきらめを作る小次郎に対して、武蔵の自然をも味方につけるいわゆる無限大の芸術性に感動して今があるように思います。治す、治らないを超えてお客様の全てを理解し、救い主にならなければいけないように思います。「会話でよくなるならそれで充分ですね。」さあ、今日も頑張っていきましょう。

店主

慈悲ある言葉

今年も松岡山東慶寺に行ってきました。曇天で雨が降りそうでしたが、墓苑に眠る先生方にお会いできるのが楽しみです。中でも漢方の師に出会えたことが、私の人生そのものになっているようです。「私の本の前書きと後書きだけ読んで、中身は読まない方がいいよ。中身については私の背中を見て、君が考えて漢方と向き合ってください。後々君が私の年になった頃、チラッと見れば充分だよ。」とおっしゃっていました。修業時代、先生の書生として家の掃除、部屋の片付け、それに運転手さんに犬の散歩で三年間が過ぎ、漢方とは無縁の生活だったように思います。今思えば、「何も教えない。」ということが師の思いやりであり、師としての立場を貫いたようです。土牛さんの本の中で師(日本画家小林古径)について「君に手取り足取り技術的なことを教えたら君は私を超えることはできないだろう。だから君は私の生き方を見ていれば十分なのだよ。」と述べてありました。土牛さんは、後々先生は私の本当の師であり、とてもいい時間を過ごさせてもらったと温かい心になったそうです。背中で語り、何も教えないことが実は本当の「慈悲ある言葉」のように思います。師の墓は誰よりも簡素です。いつもここに来ると土牛さんと同じように温かい心になります。さあ先生、これから鉢の木で、一杯やりましょう。また、にこにこして何も語らないのですか。まだまだ修行の身ですが、よろしくお願いします。また、来年も来ますよ。

店主

愛語は笑顔から

今年も寒い中を笑顔で来店していただいたSさん、何よりも無事にお会いできて安心しました。いつもホームページの相談余話を楽しみにしてくださいまして、ありがとうございます。感謝、感謝です。病も含め人間の苦しみ、悩みは尽きることはないと思います。私が苦しみ、悩みの最中にいるとき、漢方の師として尊敬する方よりお葉書をいただきました。「君は苦しみと悩みの中で何も見えないだろうが、私には君が最も人間として成長しているのがよくわかるよ」とおっしゃっていました。「今こそチャンスだよ。もっと、もっと今を味わい尽くしてください。」と書いてありました。病も同じで、自身を見つめるチャンスのように思います。「照顧却下」もう一度病と向き合って、病を克服されたとき、どれほど素晴らしい笑顔になっておられることか想像できます。私が尊敬する良寛さんのお言葉にこのような言葉があります。
「君看ずや 双眼の色 語らざれば憂いなきに似たり」

素敵な笑顔をお待ちしております。店主

修行も愛語から

あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願い致します。
年末年始を「無事」に何事もなく、穏やかに過ごされたかと思います。
私事で申し訳ございませんが、年末年始を青森八甲田山の麓を流れる青荷川源流域にある、ランプの宿「青荷温泉」で過ごしております。ここにあるのは全てが雪であり、部屋には小さなストーブとランプの灯りだけです。一冊の本「遺言」養老孟司著を携えて来ましたが、雪に閉ざされ、ランプの灯りだけでは暗くて読めそうもなく、湯につかり、雪景色を眺め、田舎料理をいただき、ただ後は眠るばかりです。年末寒波の影響で、吹雪の中を12時間かけてたどり着きました。本当によく来たものです。感謝、感謝です。多くの方の協力がなければ来ることが出来なかったと思います。東京での生活は人に頼って当たり前。それが見えずに不平不満のストレスで疲れていたのでしょう。この厳しい環境の中に身を置くと、やはり頼るは、この身「二本の足」で最後まで頑張ること。どうしても頼らざるおえない時がきた時は、人は心から「お願いします」そして「ありがとうございます」という本当の修行があるように思います。当たり前のようですが、不平不満のない自立した精神があれば「お願いします」「ありがとうございました」と言う言葉は人生何も出来なくなっても出来る最高の修行のように思います。もう一度今年は原点に返って心から「お願いします」感謝の言葉として「ありがとうございます」という言葉を自立した精神を忘れずに修行の言葉としていければと思います。優しくランプが灯っています。本当の豊かさを味わって帰りたいと思います。養老先生すみませんでした。帰ってからゆっくりと読みたいと思います。また、こんな話ばかりになると思いますが、一年間、お付き合いお願いします。

青荷温泉 ランプの宿より 店主

自然の声こそ先生

11下旬の休みを利用して、群馬県の六合(くに)の里温泉郷の最奥にある尻焼温泉に行ってきました。川をせき止めて設けられた大きな露天風呂に入るのが目的です。今晩の宿は星ヶ丘山荘にお世話になることになりました。宿から歩いて2~3分のところには裸電球に照らされた大きな池のような露天風呂が夕闇の中にありました。橋から下った先に小さな湯小屋があり、そこで着替えが出来るようです。雨がなくまたお天気が続いたので川底から噴き出す温泉も適温になっていました。音なき音の中にも自然の喜びが聞こえるようです。空を見上げれば満天の星が迎えてくれました。今を楽しめと私一人のために自然が用意してくれた最高のステージです。感謝、感謝です。 自然は喜びも与え、悲しみも与えます。我々がいかに自然と一体となり謙虚に生きるか問われているようでもあります。あらゆるSOSを見逃さないように謙虚に自然の声を聞くことがこれから重要だと思います。人間も自然の一部であるように身体のSOSを見逃さないようにこれからも精進したいと思います。星ヶ丘山荘の女将さん、それからスタッフの方々にお世話になりました。鶴太郎さんにはお会いできませんでしたが、いつかお会いしたいものです。本当にいい宿でした。本年もお付き合いいただきまして、ありがとうございました。

店主

今日も吉日

今年を振り返る季節になったようです。余命を宣告され少しでも生活の質(QOL)向上を願って当店に見えたU子さんも今では「今月も元気でしたよ。感謝、感謝の赤飯なのでお裾分けです。」と言って風呂敷に包んで毎月持ってきてくださいます。こちらが感謝、感謝です。U子さんと出会って「健康とは」いったい何なのかもう一度考えるようになりました。「健」は体の身体の有り様で、「康」は心の有り様ですが、どうも「健」と「康」は同じ大きさではなくU子さんのように「康」によって「健」を支えている。それも心の有り様の上に身体を優しく乗せて「健康」という状態を保っているからこそ、毎日充実した日を過ごしているのではないでしょうか。「康」によって「健」は支えられ、心の有り様によって本当の幸せがあるのかもしれません。U子さんもまた私の人生の師匠のようです。まだまだ、よろしくお願いします。

店主